たをための逝きし地に舞う赤とんぼ

稚内公園で見た慰霊碑は多くの人たちが、戦禍に遭いながらひたすら生き延びて今日の日本があると、突くづく感じた。
昭和天皇の句碑が立っていて、太平洋戦争ので電話交換の女性たちが、最後。
いよいよ、ソ連兵が本土に迫ってきたとき、懐から出した一服の薬で自決していった若い娘達。
語り継がれ記憶にとどめ。今日、ある事に、感謝したい。

樺太から引き揚げてきた人々の中で、女性の強さが、勇気を持たせ、この先、何が、あっても、自分なりの、人生を、全うしたいものです。